Avaloncity Fortune Land

不肖「信頼出来ない語り手」明智紫苑のオリジナル小説ブログです。当ブログではライフワーク『Avaloncity Stories』第一部の作品を載せていきます。

『恋愛栽培』後書き

 この小説『恋愛栽培 ―A Perfect Sky―』は、元々アメブロで初めて書いた連載小説をいくつかのブログに何度か転載・加筆修正したものです。この話は、私が以前見た夢が元になっています。
 この話は、どことなく姫野カオルコ氏の小説『受難』を連想させるシチュエーションですが、おそらく無意識下で影響を受けたのでしょう。ちなみに、当小説に性的マイノリティの登場人物が何人かいるのは、森奈津子氏の小説『耽美なわしら』の影響です。そして、登場人物の何人かの苗字は、私が育った北海道石狩市(一部、札幌市)の地名に由来します。こちらは榎本俊二氏の漫画『えの素』の登場人物の何人か(菖蒲沢、打戻、葛原の「三女傑」)の苗字が、榎本さんの出身地である神奈川県藤沢市の地名に由来する設定からヒントを得ました。

 ちなみに秀虎が戦死した合戦は、どうやら「河越夜戦」のようです。私が見た夢並びに小説の描写に一番近いのは、おそらくこれです。もし私が小田原北条氏やその周辺についての資料を入手したら、当小説の前日談を書くかもしれませんが、おそらくその辺で、秀虎と果心と北条氏康公の出会いが描かれるでしょう。

(余談ですが、鎌倉北条氏と戦国北条氏は、それぞれ別の意味で斉の田氏一族に似ているような気がします)

 今練っている小説のアイディアはいくつかありますが、まずは資料を集めて時代考証をする必要があります。これでますます趣味のドールカスタマイズをする余裕がなくなってしまいますが、そもそも私のオリジナルキャラクタードールは、小説の挿し絵並びにデザイン画みたいなものです。ちなみに私自身も加奈子と同じく漫画家志望でした。

『恋愛栽培』花川加奈子の周辺

  花川(蓮華院)加奈子 はなかわ/れんげいん かなこ …愛称は加奈。作家志望の平凡な女性。後にプロデビューする。

  蓮華院秀虎 れんげいん ひでとら …蘇った戦国武将。愛称はヒデさん。加奈子の夫となる。書店員。実は「最後の斉王」 田横 でん おう の遠い子孫(田横の息子が 徐福 じょ ふく に連れられて日本に渡った)。

  蓮華院虎之介 れんげいん とらのすけ …加奈子と秀虎の長男。

  蓮華院奈々 れんげいん なな …加奈子と秀虎の長女。

  蓮華院ジョン太郎 れんげいん じょんたろう …蓮華院家の愛犬。白いオスの雑種犬。名前の由来は秀虎の戦国時代での通称「 舜太郎 しゅんたろう 」。

  蓮華院トム次郎 れんげいん とむじろう …蓮華院家の愛猫。黒いオスの雑種猫。名前は兄貴分ジョン太郎に合わせて付けられた。

  花川倫 はなかわ りん …加奈子の従弟。

  花川美佐子 はなかわ みさこ …倫の母。加奈子の叔母。歯科医。ホラー映画が大の苦手。当人曰く「ホラーは性悪説に基づいているから嫌い」。

  桐野小百合 きりの さゆり …倫の恋人、後に妻。愛称はサユ。ケータイ小説を書いている。

  不動涼子 ふどう りょうこ …加奈子の幼なじみで親友。愛称は涼ちゃん。長身のクールビューティ。

  厚田恭介 あつた きょうすけ …涼子の婚約者。愛称は恭さん。

  樽川若菜 たるかわ わかな …加奈子の幼なじみで親友。愛称はワカ。ロリータファッションブランドの店員。レズビアン

  樽川るい子 たるかわ るいこ …大物作家。バイセクシュアルの未婚の母。若菜の母。

  志美順子 しび じゅんこ …加奈子の高校時代の担任教師。るい子の親友。

  茨戸 ばらと さやか…漫画家。若菜の恋人。レズビアン。愛称はバラちゃん。

  親船正章 おやふね まさあき …美容師。いわゆるオネエ系のゲイ男性。さやかや果心の飲み仲間。愛称はマーちゃん。

  呂尚 りょ しょう …謎の老紳士。太公望。字は 子牙 しが 。「人類の進化を司る神々」の一人。春秋時代の斉公室の始祖だが、子孫たちを見捨てて、田氏一族に国を奪わせた。

 ブライトムーン(ブライティ)…呂尚の弟子。アガルタの精霊。本名はブリジット・スミス。

  果心居士 かしんこじ 淮陰 わいいん 韓信 かん しん の息子。本名は 韓毅 かん き (もしくは 井桁毅 いげた つよし )。普段はスタジオミュージシャンの仕事をしている仙人(?)。アガルタの精霊の一人で、呂尚のチームの一員。

  松永緋奈 まつなが ひな …果心の恋人。アガルタの精霊。蓮華院家のベビーシッター(後に家庭教師)。可憐かつ蠱惑的な美女。

  浜凛華 はま りんか …加奈子を憎んでいた女。留置所で自殺を図り、悪霊になって加奈子を呪い殺そうとしたが、秀虎に成敗される。

  浜凛子 はま りんこ …凛華の母。孫娘への虐待で、同居人の男と共に逮捕される。

  浜凛蘭 はま りんらん …凛華の娘。凛子の孫娘。養護施設に保護される。

  花川真一 はなかわ しんいち …加奈子の伯父。元雑誌編集者。余市の脱サラリンゴ農家。

 マティアス・ 博之 ひろゆき ・ホフマン…加奈子の母方の従兄。ドイツのハンブルク在住の日系ドイツ人(母親が日本人)。翻訳家。愛称はマッツ、マッさん、マッちゃん。寒いのが大嫌いで、冬はイタリアに逃げている。

  紅葉山健 もみじやま けん …紅葉山不動産の社長。ハゲたら潔く坊主頭にした人。

  紅葉山佳代 もみじやま かよ …健の妻。紅葉山不動産の副社長。

  伍子胥 ご ししょ いみな うん 春秋時代のダークヒーロー。祟り神であり続ける必然性がなくなったのに気づいて、呂尚の仲間になった。アルマーニのスーツを愛用するダンディ。

  孫武 そん ぶ …字は 長卿 ちょうけい 。子胥のマブダチ。甘党。とても「兵法の神様」とは思えないオトボケキャラ。

『恋愛栽培』終章

「いい天気だ。安産日和だな」
「早く赤ちゃん見たいなぁ~」
 呂尚はブライトムーンと一緒に、産婦人科のロビーにいた。もうすぐ、秀虎と加奈子の息子が生まれるのだ。
 秀虎は、分娩室で加奈子の出産に立ち会っている。これは、かつての秀虎の時代では考えられなかった事だ。倫と小百合は、分娩室の前のベンチで待っている。
「呂先生、まだですか?」
 果心が来た。英国の有名パンクロックバンドのTシャツに、黒のジーンズという姿だ。
 普段の彼は、スタジオミュージシャンの仕事をしている。そして、ギターケースにしまっているギターも単なる楽器ではなく、何らかの魔力を秘めたものである。
「赤ん坊の魔除けはどうしましょうかね?」
「とりあえず、産着だな。すでに用意している」
《…オギャー! オギャー! オギャー! オギャー!…》
 産まれた!
「やったー!」
 加奈子と息子・虎之介の病室には、秀虎、倫、小百合、果心、ブライトムーン、そして呂尚がいた。
「おめでとう!」
「みんな、ありがとう」

 呂尚は、果心とブライトムーンを連れて、病院の屋上に出た。
「秀虎は泣いて喜んでいた。何百年ぶりの嬉し泣きか」
「それより先に、加奈子と…」
「何だって?」
「…いや、何でもありません」
 アスタルテの百合は、まだ咲いている。花が芳香と共に発する女神の霊力は、蓮華院家だけでなく、この街全体を護っている。花が咲き終わっても、球根は護符の役割を保つ。
 加奈子が入院中、涼子や若菜やさやかが来た。紅葉山夫妻も来た。そして、加奈子がエッセイの連載を休んでいる雑誌の担当編集者らも来た。
 数日後、母子は退院した。二人とも、いたって健康だ。

 加奈子は、それまでの人生を振り返る。
「学校でいじめられていた頃には、こんな幸せなんて考えられなかった」
 何しろ、義務教育時代の彼女が漫画家志望だったのは、男子クラスメイトにいじめられて男性不信になっていたからである。つまりは、生涯独身でいる覚悟があったから、手に職をつけようと思ったのだ。しかし、今は、誰よりも信頼出来る人がそばにいる。
 小さな球根が芽を出し、みるみる成長して大輪の花々を咲かす。花々は優美な芳香を放ち、南風が香りを運ぶ。
 二人は手をつなぎ、雲一つない「完璧な空」を見上げる。希望の糸を導く光と風、女神の祝福は天に昇る。
 赤ん坊は幸せいっぱいの寝顔で眠っている。生まれたばかりの子供にとって、世界は実に大きく豊かだ。
「ありがとう、ヒデさん。あなたに会えて本当に良かった」
「わしもだ、加奈。お前には本当に感謝している」
 秀虎と加奈子は、抱き合って口づけをした。

『恋愛栽培』21.A Perfect Sky

 かつて人間は二種類いた。
 一方は地上で産まれる「陸の子」、そしてもう一方は海から産まれる「海の子」だった。
  田常 でん じょう という名の男がいた。彼は中国春秋時代の大国斉の宰相だった。
「ほほう、今度は女の子、しかも一度に二人も産まれたのか」
 田常の屋敷には奇妙な噂があった。彼は国中から背の高い女を集めて、自分の後宮に入れており、さらに客人たちが密かに後宮に出入りしているのを黙認していたという。
 そして彼の死後、多くの子供たちが残された。
 実は彼は、斉の海で産まれる赤ん坊たちを後宮の女たちに育てさせていた。
 女たちの中には実際に、噂通り他の男と密通して子を産んだ者もいただろう。しかし田常はそれをとがめなかったし、正妻やお気に入りの愛妾たちは他の女たちとは別に隔離していた。
 波から虹色の泡が生じ、海の息子や娘たちは産まれる。赤ん坊たちは波に運ばれ、地上の人間に拾われる。
 しかし、人間たちに拾われない場合は、再び泡になって消えてしまう。
 田常の後宮の女たちの中にも「海の娘」たちはいた。そして、屋敷を警護する宦官たちの中にも「海の息子」たちはいた。
 田氏一族が強力な存在になったのは、「海の子」たちの血と活力を取り込んだからでもあった。
 母なる海から産まれる、健やかな子供たち。海の活力から生み出される彼らは「陸の子」以上に優れた資質の者が多かったが、彼らと「陸の子」との間に産まれた子供たちもまた、優れた資質を持っていた。
 田常の子孫は簒奪者になったが、斉は強国であり続けた。彼らの子孫として、 孟嘗君 もうしょうくん 田単 でん たん 田横 でん おう らがいた。
 他に「海の子」たちの血を取り込んだ一族として、ブリテンのペンドラゴン王家と「湖の貴婦人」一族がいた。
 その「湖の貴婦人」一族の出身であるドルイドのマーリンは言う。
「アヴァロンへの道は誰も知らない」
 しかし、いつかはたどり着く。そのためにも、人類はたゆまぬ努力を積み重ねてきたのだから。
「完璧な空」を見上げて。
 人類の「宇宙航海日誌」は、まだ始まってはいないが、緑の星アヴァロンは待っている。
 英雄たちの物語を。

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 あれから一年。7月下旬になり、花川家改め蓮華院家の庭では、果心から結婚祝いとしてもらった百合の球根が見事な花を咲かせている。きれいな白い花はそよ風に揺れ、カサブランカにも負けない、魅惑的な香りを放つ。加奈子は果心に言われた通り、庭だけでなく石垣の四隅にもこの百合を植えている。果心曰く、この百合の花が我が家を守るお守りなのだ。
 秀虎は車の免許を取り、就職した。駅前の書店の正社員だ。彼は悪戦苦闘しつつも地道に「現代人」として頑張っている。以前、加奈子の父や祖父が乗っていた車をしまっていた車庫には、秀虎の愛車がある。
 加奈子はこの車庫の周りにも、例の百合を植えている。
 倫と小百合は無事に大学を卒業し、無事に就職先が決まった。
 涼子は恭介との結婚が決まった。加奈子のブーケを受け取った小百合より先に結婚が決まったが、倫と小百合は就職して間もないから仕方ない。
 若菜は勤め先の副店長になった。そして、彼女の恋人・茨戸さやかの漫画がもう一つアニメ化が決定した。こちらは普通の少女漫画で、主人公たちのお人形が発売される可能性があるらしい。もし実際にそれが発売されたら、今も人形オタクである加奈子はそのキャラクタードールを買うつもりだ。
 加奈子のデビュー作『恋愛栽培』は、そこそこ売れた。そして、彼女は今、紅葉山不動産を退職して、家で執筆中である。
 彼女はデビュー前に書きためたブログの記事などを推敲し、小説やエッセイとして整理した。それらは雑誌に掲載され、書籍化された。

 加奈子のお腹の中には、秀虎の子がいる。さらに、検査ですでに男の子だと分かっている。その子の名前はすでに決まっている。秀虎の名前から一字取って「 虎之介 とらのすけ 」と名付ける予定だ。フルネームは「 蓮華院虎之介 れんげいん とらのすけ 」。かなり凄みのある名前だが、秀虎は蓮華院家を再興出来て嬉しいだろう。
 予定日は、来月。もうすぐだが、まだ百合の花が咲いている時期だ。
 加奈子はBONNIE PINKのベストアルバムを聴きながら、窓を開けて空を見上げる。「完璧な空」。快晴だ。
「次回作は何を書こうかな?」
 SFにしようか? サスペンスにしようか? それとも恋愛ものか? 産休中はエッセイの執筆しか出来ないが、赤ちゃんが産まれて一段落したら、雑誌連載の小説のオファーを引き受けよう。
 女神アスタルテの霊力を宿す百合の花が香る。香りは風に乗って、街中に広まる。女神の祝福が、この街を包む。
 この「完璧な空」の下で、加奈子は幸せだ。

『恋愛栽培』20.ジューンブライド

 中国南部、 浙江 せっこう 省X市。果心は借り物を返すために、ここに来た。彼は日本人「 井桁毅 いげた つよし 」名義のパスポートで、飛行機に乗って中国に上陸した。
 彼の魔力ならば、飛行機にただ乗り出来るハズだが、今回はあえて「一般人」として搭乗した。
 もう11月だ。加奈子と秀虎はすっかり仲睦まじい夫婦になっていた。呂尚の「戸籍工作」などのおかげで、二人はすでに入籍していた。
「来年の6月、華々しく結婚式か…」
ジューンブライド」、それは結婚の女神ジュノーの祝福を受けた花嫁である。

「子胥殿、約束通り返しに来ましたよ」
「おう、来たか淮陰」
 アルマーニのスーツに身を包んだその男は、40歳前後と思われる年格好だった。精悍な顔立ちで堂々とした体格の偉丈夫だ。
  伍員 ご うん 、字は 子胥 ししょ 春秋時代末期の呉の宰相だったが、無実の罪で自害を命じられた。
 果心=韓毅が返しに来たのは、子胥が自害に用いた剣である。そして、彼は父・韓信の出身地にちなんで「淮陰」と呼ばれる事がある。
「呂先生は元気か?」 
「相変わらず元気ですよ」
 伍子胥は死後、祟り神として祀られたが、呂尚の誘いで「人類の進化を司る神々」の集団に取り込まれた。彼は今、とある雑居ビルの一室にオフィスを構えている。表向きには、自分自身の子孫という事になっている人物の名義で、この一室を借りている。
「なるほど、その女はそれなりに同情する余地があるな」
「まあ、確かにそうです。しかし、手の付けられない悪霊に進化する前にぶった斬って正解でしたよ」
「魂が切り裂かれて粒子になり、再び結晶しても、また悪意と悪運にまみれるとは限らない」
 伍子胥は、30センチ四方の箱を戸棚から取り出した。
「何ですか、これは?」
「アスタルテの百合だ。これをあの二人に結婚祝いとして贈れ」
 女神アスタルテの霊力が宿った百合の花の球根。この花が家を守るのだ。
 アスタルテの名前で果心は思い出した。加奈子が応募した小説新人賞で、彼女の作品が入選したのだ。
「なるほど、これは加奈子にとって特に縁起物ですね」
「お前ら、食うなよ。あくまでも栽培用だ。食えない訳ではないが、大切な魔除けだからな」
「分かりましたよ。本人たちに伝えておきます」

 果心が去ってから、ひょろひょろした長身の男が奥の部屋から出てきた。
  孫武 そん ぶ 、字は 長卿 ちょうけい 。いわゆる「兵法の神様」孫子である。彼は、生前の同僚伍子胥と共に「春秋探偵事務所」を経営している。
「『リーサル・ウェポン』が戻ってきたね」
「ああ、冷や汗ものだよ」
 孫武は台所でお湯を沸かし、ハーブティーを淹れた。
「この 淮陰 わいいん のお土産、マルセイバターサンドっておいしいね」
「『淮陰のお土産』という言い方は紛らわしいが、なぜ、北海道の土産物なのかが分からんな」
「いいじゃん。クリームに入っているレーズンの割合がちょうどいいから、レーズン嫌いでも『これだけは別格』という人はいるみたいだよ」
 かつての知将たちのティータイムは、平和そのものだった。

 6月、大安吉日。加奈子と秀虎は結婚式を挙げた。
 加奈子の伯父真一や叔母美佐子を始め、親戚たちが来た。もちろん、倫と小百合も一緒だ。ドイツに住んでいる母方の従兄「マッちゃん」ことマティアス・ 博之 ひろゆき ・ホフマンも来てくれた。さらに、加奈子の友人代表として、涼子や若菜、それに茨戸さやかや親船正章らも来てくれた。そして、若菜の母親・樽川るい子も来た。他には出版社の人たちもいた。
「将来の直木賞候補かぁ~」
 いえいえ、滅相もない。
 それはさておき、秀虎側の招待客の中には、呂尚やブライトムーン、果心居士がいた。他の招待客は知らない人間ばかりで、秀虎ももちろん知らない。ひょっとして、果心の幻術か? 加奈子は思ったが、果心の「現代人」としての仕事仲間も何人かいるらしい。どうやら音楽業界の関係者のようだ。
 披露宴でのブーケトスは、小百合が受け止めた。多分、果心が気を利かせてコントロールしたのだろう。
「あら、涼ちゃん惜しかったね」
「まあ、あの人も私も忙しいから、まだまだ考えられないね」
「あの人」とは涼子の恋人だ。加奈子は果心から涼子の実家について興味深い話を聞いた。実は不動家は、秀虎の剣術の師匠だった人の子孫だという。そして、涼子の実家は剣道の道場だ。
 秀虎はこの道場に通っている。そして、涼子の恋人 厚田恭介 あつた きょうすけ と仲良くなった。もし、一人っ子の涼子が恭介と結婚するなら、恭介が婿養子になる可能性が高い。幸い、恭介は一人っ子ではない。
 新郎側の招待客の中に、新人漫才師コンビがいた。この二人がネタを披露しているが、加奈子は意外と面白いと思った。お笑い芸人に対しては厳しい秀虎も笑っている。もしかすると、あの漫才師たちは将来売れっ子になるかもしれない。
 ただ、加奈子は思う。
流行語大賞などで悪目立ちしないでほしいな。あのイベントで優勝した芸人は、単なる消耗品に成り下がる場合が多いからね」
 結婚は決して「ゴール」ではない。あくまでも「スタート」だ。自分たちの道のりは、まだまだ続くのだから。
 高校の文芸部の顧問だった志美先生が、新婦・加奈子に声をかけた。
「私の教え子の中では、あなたが一番の出世頭ね!」
 志美先生の親友である大物作家・樽川るい子もうなずいた。

『恋愛栽培』19.魔を断つ剣

「ごちそうさま!」
 加奈子たちの今日の夕食はポークカレーだ。これは秀虎の好物だ。彼ら四人は、茶の間でバラエティー番組を観ていた。秀虎は言う。
「どうもお笑い番組というのは、芸人同士の派閥争いの匂いがするのだな」
 倫は言う。
「確かに雑誌とかネットとかでもそういう噂はありますもんね」
 小百合は言う。
「どうせ、単なる噂でしょ? ガセネタかもしれないじゃない」
《ピンポーン!》
 誰か来た。
「はーい!」
 加奈子は玄関へ向かった。
「例の刺客か!?」
 秀虎がついて来た。
「加奈さん、ブライティだよ。先生もいるよ」
 加奈子は恐る恐るドアを開けた。ブライティと一緒に、背が高く上品そうな老紳士がいた。
太公望殿か」
「おお、秀虎よ。完全復活したな」
 加奈子と秀虎は来客二人を家に迎えた。

「果心の調べによると、あの女は暴力団と関わりがある」
 あの女…凛華の事だ。
 太公望呂尚を名乗る老紳士が言うには、彼女の家では今頃、警察が違法薬物所持の疑いで家宅捜索をしているらしい。他にも、彼女とつながりのある暴走族や暴力団事務所にも家宅捜索が入っているという。
 加奈子は寒気を覚える。私はとんでもない連中を敵に回していたのね。
「秀虎よ。おぬしの戸籍やその他諸々をこしらえてやったぞ。倫の大学の先輩という経歴なども作っておいたし、これで車の免許を取れるし、就職活動も出来る。まあ、嘘も方便だな」
「…あ、ありがとうございます!」
 加奈子は思い切って、老紳士…呂尚に尋ねた。
「なぜ、ヒデさんを復活させたのですか?」
 呂尚は言った。
「宇宙開発とは何のためにあるのかね? そう、人口問題のためだ。『ガンダム』のようなアニメは、人口問題が元になっておる。私が主役になっている『封神演義』のような物語もあるし、トロイ戦争の発端となった黄金のリンゴの話もある」
 何だか壮大な話になってきた。さらに続く。
「『ガンダム』みたいにスペースコロニーを作るという手段もあるが、それでも限界はある。そのためにも、新天地を目指すためにさらなる文明の進歩が必要なのだ」
 倫が言う。
「つまり、俺らのいる太陽系を脱出して、新たに植民出来る惑星を探す必要があるのですね? それでノアの方舟みたいな宇宙船が必要なんですね」
 呂尚はうなずく。
「そうだ。この 地球 ほし には寿命がある。そのために、新たに『ノアの方舟』を作る必要があるのだ」
「それで、なぜ私たちがその計画に選ばれたのですか?」
「そなたらの血から生まれる頭脳が、この計画には必要だからだ」

 凛華は留置場にいた。彼女は一人、加奈子への憎しみを一層つのらせていた。
 花川加奈子、「平凡な幸せ」で満足出来る女。しかし、自分にはそれすら与えられなかった。
 凛華は一部のクラスメイトを操って、何度となく加奈子を陥れようとしたが、加奈子の親友たちが彼女を守った。不動涼子と樽川若菜という二人の人気者たちが加奈子を守っている限り、凛華は加奈子に決定的なダメージを与えるのは不可能だった。
 あの二人も憎かった。凛華は彼女たちを仲違いさせようと策略を練ったが、自分自身のトラブルのせいで果たせなかった。
 もし自分が何もかも「恵まれた」家庭に生まれ育っていたならば、加奈子ごときは敵ではなかった。加奈子よりずっとランクの高い大学に進学して、卒業後は一流企業に勤めていたハズだ。
 そうこう考えているうちに、自分の母親とその同居人の男も逮捕されたと知らされた。凛華の娘に対する虐待が理由だった。
 凛華には、母親にも娘にも全く愛情がなかった。凛華が愛しているのは凛華自身だけ、凛華を愛しているのもまた、凛華自身だけ。彼女は、何もかも虚しくなった。
 彼女はブラウスを脱ぎ、袖を自分の首に巻いた。

「いかん! 自殺したか!?」
 果心は驚いた。留置場の個室の窓から飛び出した凛華の魂を追って、彼も光の玉になって飛び立った。
「あの女、悪霊になってまでもやる気か!?」
 果心は舌打ちした。
 青白い火の玉が、花川家を目指す。果心は火の玉を追って飛んでいるが、意外と敵は速かった。
「呂先生とブライティ、何とか踏みとどまってくれよ」
 果心は、呂尚とブライトムーンが加奈子の家に留まっているのを期待した。
「子胥殿から借りたこいつがあって良かったぜ」
 彼の手には、黒い鞘に収められた剣があった。

「先生、嫌な予感がするよ」
 ブライティが言った。呂先生はうなずいた。
「今夜は泊めてもらおう。いや、見張らせてもらおう」
 倫と小百合とブライトムーンと呂尚。加奈子の家に四人も客が泊まるとは、祖母が亡くなって以来初めてだ。
 来客たちの申し出からして、何かただ事ではない事態があるのだ。
「む、あれは!?」
 秀虎が指差した先には、青白い 人形 ひとがた の光があった。
 浜凛華!
 女の形の鬼火。髪を逆立てて、憤怒の形相でそこにいる。
「マジかよ…幽霊だなんて」
 倫も小百合も顔面蒼白になっている。加奈子は思い切って、その鬼火に声をかけた。
「あ、あんた、留置場にいるんじゃないの!?」
《お前を殺す! 地獄に落とす! 食い殺す!!》
 ヒステリックな女の叫び。まさしく狂気じみている。
 秀虎が加奈子を守るように、凛華の悪霊に立ちはだかった。
「加奈に手を出すな!」
《あたしの邪魔をする奴はみんな敵だ! 死ね!!》
 凛華の茶髪は、ギリシャ神話のメデューサのように、蛇状にもつれて揺らめいていた。両目はカッと開き、口は耳元まで裂けて大きく開いている。
 その時、あの暴走族から加奈子らを助けた男の叫びが聞こえた。
 見上げると、その男が天井に張り付いている。まるで忍者みたいだ。
「秀虎! こいつを使え!」
 あの男、果心居士。彼は一振りの刀を秀虎に投げ渡した。
 黒い鞘に収められた刀。いや、日本刀とは違う形の剣だ。その柄には、ピカピカに磨き上げられた黒い石がはめ込まれている。

属鏤 しょくる の剣」

「そいつの魔力なら奴をぶった斬れるぞ! そいつを使って自害したお方の魔力が込められているからな!」
 秀虎は剣を抜き、迷わず青白い光をぶった斬った。
《ギャッ!?》
 凛華の亡霊は真っ二つに切り裂かれ、無数の青白い光の粒子になって、消え去った。

『恋愛栽培』18.毒の系譜

「蓮華院秀虎、19XX年5月5日、神奈川県X市生まれ。最終学歴は、倫と小百合の大学の法学部」
 呂尚は、秀虎の「現代人」としての肩書きの工作をしていた。市役所などでの市民のデータベースには、すでに秀虎の存在が刻み込まれている。住民票なども出来上がっている。あとは、ブライトムーンと一緒にあの二人の家に行って、二人に知らせよう。
 ちょうどそこに、果心がやって来た。相変わらずのロック野郎スタイルのいでたちだが、何だか表情がさえない。
「先生、まだまだ安心出来ませんよ」
「果心、どうした?」
「まあ、あまり派手にやり過ぎると、私自身が悪霊扱いされて討伐対象になってしまいますけどね。加奈子を狙っている奴らを叩くべきですよ」
「ほほう」
「黒幕の女のアパートを覗いてみたら、そいつは違法薬物を使っておりましてね。これはいい材料ですよ」
 果心は消えた。
「やれやれ、あまりムチャするんじゃないぞ」

 凛華の母 浜凛子 はま りんこ は、孫の泣き声にイラついていた。まだまだ「女」として現役バリバリの彼女自身は、まだ40歳前後の「若いおばあちゃん」である。当然、「おばあちゃん」扱いされるのを快く思わない。ましてや、この孫娘の母親は、自分にとっては「毒娘」なのだ。
 十代の若気の至りでの、望まぬ妊娠と結婚の結果生まれた娘の、そのまた娘。それだけでも十分忌々しいのに、凛華はこの孫の世話を自分に押し付けた。
「あ〜ぁ、馬鹿馬鹿しい」
 今、自分と一緒に暮らしている男もまた、この子を邪魔者扱いしていた。この子の身体中にはあざがいくつかあった。そんな孫娘を尻目に、凛子はタバコをふかして酒を飲んでいた。
「さて、児童相談所に連絡…」
 果心は携帯電話を取り出した。児童相談所だけではない。「あの女」についてのタレコミも必要だ。

 加奈子ら四人は、家に戻ってくつろいでいた。スーパーでの食材買い出しにも邪魔が入らず、四人は買い物を済まして、無事に帰宅出来た。
 倫は「せっかくヒデさんが全快したのだから、お祝いとして寿司の出前を注文しよう」と提案したが、秀虎自身は(遠慮がちに)カレーを食べたいという。
 加奈子は台所でカレーを作り始めた。しかも、秀虎が特に好きなポークカレーだ。それに、何か出前を頼んでも、配達する人が事件に巻き込まれるのはまずい。
「こうして実際に外に出ると、実に面白い」
 秀虎にとって現代社会とは、一つのテーマパークのようだ。見るもの全てが新鮮。もし仮に、好奇心豊かな彼がもっと後の時代に生まれていれば、普通の武士ではなく学者になっていたのかもしれない。
 ただ、松平定信の「寛政異学の禁」の時期はダメだろう。定信はある漫画では女性として登場しているが、加奈子はあるコミュニティーサイトで、その女性版松平定信に似た性格の女とケンカ別れしている。ただし、その女は「あすかももこ」とは別人だ。第一、ももこはその女ほど潔癖な性格ではないのだ。
「あすかももこ」。加奈子は問題のあの女が昨日の暴走族連中を操っていたらしいと推測するが、肝心の本人がどうしているか気になる。
「今の仕事で、昔のわしらのような仕事と言えば、自衛官があるけど、なるべくならば、少しでも加奈と一緒にいられるように時間がほしいのう。何か良い仕事はないだろうか?」
 秀虎の言う通り、社会復帰などの問題もある。当人の体が完全再生したからには、これからの二人暮らしが難しくなる。
 もし、当人に健康上の問題があったら、医療費などの問題もある。そもそも加奈子一人だけでもその辺の問題は心配だ。ましてや、秀虎に現代人としての戸籍がないならば、色々と不便だ。
 そう、二人の問題はまだ始まったばかりなのだ。

「あたし以外の女は絶対悪、あたしだけが聖女なのよ! 女神なのよ!」
 明るい茶色に染めた髪を振り乱し、女は叫ぶ。黒々と燃える神懸かり。赤々と流れる精神の血。しかし、それは強烈な腐臭を放っている。
「あのバカ女、地獄へ落ちてしまえ!!」
 今頃あの女…作家志望の花川加奈子は、さんざん暴走族どもになぶりものにされて死んでいるハズ…。凛華は寝ぼけ眼でニンマリした。
 しかし、あの女を片付けた連中への報酬はどうしようか? 凛華はかなりの金額を違法薬物に注ぎ込んでいた。
 踏み倒す…いや、無理だ。そもそも今の自分の仕事だって、元旦那の借金返済のために暴力団に強制されたものだ。自分が薬漬けになったのだって、逃げられないために薬を使われたからだ。
 凛華は、眠気が吹っ飛んで震え上がった。
《ピンポーン!》
 誰か来た! 薬を見られたらマズい。
「警察署の者です」
 クソッ、何てこった! 凛華は急いで薬をベッドの下に隠した。それにしても、一体誰が自分をチクったのだろうか? もしかして、誰か裏切ったのだろうか?

「よし、奴は連行された。後を追おう」
 果心は光の玉になり、逮捕された凛華を載せたパトカーを追った。
 今までの経緯からして、浜凛華という女は十二分に同情するに値する女である。しかし、その精神は徐々に「悪霊」化していっている。放っておけば、何をしでかすか分からない。
「やはり、俺の勘が当たりそうな予感がするな…」
 悪霊を断ち斬る魔剣。その気になれば、一つの都市や艦隊を攻撃して打ち負かす事すら出来る黒い魔石を柄に組み込んだ剣。まさしく、あのオフィスの主人が言う通り、現代の武器で言えば核ミサイル級の危険物だ。
 この剣で斬られた悪霊は、霧散して消え失せる。これらによって魂がこの世から消え去った者たちは少なくない。
 この剣が「魔剣」となったのは、あのオフィスの主人が生前に自害に使ってからの事である。彼らの「祟り神」としての魔力が黒石と刃に宿り、この剣は無敵の凶器と化した。
留置場 ぶたばこ …そう簡単に自殺するようなタマではないとは思うが、どうかな?」
 果心はため息をついた。